赤毛のアンのシリーズ12冊を通して、アンの誕生月が3月であることや、アンの年齢が所々で述べられているのみで、時代背景や年号は明確に描写されていません。アンがパフスリーブに憧れていることや、背景に出てくる生活様式などから、19世紀末くらいかな、ということが推察されるくらいなのですが、実際にアンの出生年が分かる方法はあるのでしょうか?


アン・シリーズでは、年代が明確に分かる描写がほぼないのですが、例外が「アンの娘リラ」です。この作品は第一次世界大戦を背景に、アンとギルの末娘リラの成長が描かれているのですが、所々に日付が分かる描写があります。

例えば、第一章の冒頭部分で、ミス・コーネリアが新聞記事を読んでいますが、第一面には「ファーディナンド大公とか誰とかがサラジェボという気味の悪い名前の場所で暗殺された」と出ています。
これは1914年6月28日に起こった「サラエボ事件」で、オーストリア大公フランツ・フェルディナントと妻ゾフィーがサラエボを訪問中に暗殺された事件が、1914年6月29日の新聞記事に掲載されていることから、「アンの娘リラ」の冒頭部分は、ミス・コーネリアが当日の新聞を読んでいたのなら、1914年の6月29日だとわかります。

800px-Headline_of_the_New_York_Times_June-29-1914


ジェムの年齢からアンの出生年を割り出してみる

「アンの娘リラ」冒頭で、ミス・コーネリアが1914年6月末に読んでいた新聞(上記参照)に掲載されているローカル記事「グレン・セント・メアリだより」に、「2~3週間前、レドモンド大学から帰京した三君を喜び迎えた。1913年に文科を卒業したジェームス・ブライス君は現在医科の一学年を終えたところである」と書いてあり、その直後の会話でミス・コーネリアが「ジェムは21歳」と言っています。また、その後の記述でウォルターは20歳、リラが14歳(もうすぐ15歳になる)と書かれています。

この記述から、1914年6月末の時点でジェムが21歳になっているということが分かります。

では次にジェムの誕生月について考えていきましょう。

「アンの夢の家」でジェムは34章で誕生します。その直前となる33章で、レスリーが「6月の薄暮の中」アンの家を訪れたと書いてあることから、ジェムが誕生したのは6月以降ということになり、さらに34章(ジェム誕生後)でミス・コーネリアが「レスリーは秋にはモントレオールへ行く予定」と言っていることから、ジェムの誕生月は6月~秋口の間に絞られてきます。

「アンの夢の家」35章の冒頭では「アンが再び階下に降りてきたころ」つまり産後にアンの体調が回復してきた頃にカナダの総選挙を前にしてギルが選挙運動の州大会の演説に引っ張り凧だったと書かれています。そして総選挙の結果、ジム船長が「自由党が18年ぶりに政権を握った」と熱弁しています。

これは1896年6月23日に行われたカナダ総選挙で、1878年の総選挙で保守党に敗北して以来、18年ぶりに自由党が政権を取り返した選挙のことを示唆しています。そうすると、アンが産後に体調が回復するのに数週間かかったとして、ジェムが生まれたのは、ジェム誕生前にレスリーが訪ねてきた後で、カナダ総選挙の前ということになるので、6月頭~上旬という計算になります。

「アンの娘リラ」3章では、ジェムが「ドイツがフランスに宣戦布告したぞ」と興奮して家族に伝え、そのあとすぐに第一次世界大戦に出征することになります。ドイツがフランスに宣戦布告したのは、1914年8月3日です。間もなくして出征するジェムのことをアンが「21年前のあの晩、あの子がわたしを求めて泣いたとき行って抱いてやらなかったら、私はとても明日の朝を迎えることができなかった」と言っていることから、1914年8月の出征時にジェムは21歳、つまり、「アンの娘リラ」の冒頭時点の6月末の時点では、21回目の誕生日が過ぎた後であることがうかがえます。(*もうひとつの説に関しては後でお話します)

1914年(「アンの娘リラ」開始時)- 21(ジェムの年齢)= 1893 

で、ジェムが1893年6月生まれだという計算になります。

1893年にジェムを出産した時のアンの年齢ですが、「アンの夢の家」36章で、グリーンゲイブルズから来た手紙についてアンとギルが話しているシーンがあり、そこでドーラが17歳であるという話が出てきます。双子のディヴィとドーラが「アンの青春」でグリーンゲイブルズに引き取られた時(季節は秋)、彼らは6歳で、アンは16歳なので、アンと双子たちの年齢差は10歳ということになります。
さらに、アンがグリーンゲイブルズに引き取られたのは11歳の6月で、「アンの夢の家」2章で、マリラが「アンが引き取られてから14年になる」と言っていることからアンはこの時25歳、同作4章では15歳のドーラが東の部屋を引き継ぐと書かれているところからも、結婚時にアンは25歳、ドーラが15歳で、年齢差が10歳であるということが分かります。

また、アンは22歳でレドモンド大学を卒業し、3年間サマーサイド高校の校長を務めた後、その9月にギルバートと結婚していることからも、アンが25歳の秋に結婚したことが分かります。結婚後、ジョイスを死産し、その後にジェムを妊娠し出産しているので、ジェム出産時に大体27歳前後であるという計算ともつじつまが合います。

ここから、

1893(ジェムの誕生年)- 27 (ジェム出産時のアンの年齢)= 1866年 

が、アンの誕生年ということになります。

ジェムの誕生年と誕生月の矛盾でアンの誕生年がズレる

ですがジェムの誕生年と誕生月にはいくつか矛盾があり、それによりアンの誕生年もズレてしまうのです。

まず第一に、上記の「1896年6月23日の、自由党が18年ぶりに勝利を得たカナダ総選挙」ですが、ジェムがもし1896年6月に生まれていれば、1914年6月末の「アンの娘リラ」開始時には、まだ18歳ということになります。この計算だと、アンの誕生年は1869年になってしまいます。モンゴメリは物語と実際の時代の出来事のすり合わせについてはあまり気にしない作家さんのようだったので(例:1880年代末~1890年代頭くらいが舞台であると考えられる「風柳荘のアン」で、1906年のサンフランシスコ大地震のことについて触れている)、そこはご愛敬ということで、これは無視して次に進みましょう。

もうひとつの矛盾ですが、Wikipediaなどでは、アンの出生年が1865年であると記載されています。
これは以前アンの出生年について研究された方の計算に基づいたものと思われます。この計算法では、「ジェムは物語開始時(1914年6月末)で21歳で、その後すぐに誕生日を迎え、1914年に22歳になっている」という考えです。ジェムが生まれたのが、「アンの娘リラ」冒頭で示されている6月末以前か以降なのかということについては、ここでは7月生まれなのではないかといわれています。「炉辺荘のアン」の冒頭部分でアンがギルと結婚してグリーンゲイブルズを去ってから9年後とされていることから、結婚→ジョイスの死産→ジェム誕生で2年分を引くと、大体7年間となり、ジェムが「炉辺荘のアン」開始時及びリラが誕生した時(「炉辺荘のアン」で、リラが7月の寒い夜に生まれたと記載されている)には少なくとも7歳になっているはず、という計算です。

ジェムとリラの年齢差は7歳。「アンの娘リラ」開始時にリラが「あとひと月で15歳」になることから、15+7=22、つまりジェムは1914年の6月以降の時点で22歳になっているはずである(つまり、ミスコーネリアが「ジェムは21歳」と言った後すぐに22歳になった)という計算です。これだと、ジェムとリラは同じ7月生まれで7歳差、ということになりますね。

そうすると、

1914年(「アンの娘リラ」開始年)- 22(ジェムの年齢)= 1892

で、ジェムは1892年生まれということになり、さらに

1892(ジェムの誕生年)- 27 (ジェム誕生時のアンの年齢)= 1865年 

で、アンは1865年に誕生したことになります。


ただこれだと、ジェムが1914年8月頃出征した時のアンの「21年前の・・・」て言っているのを考えると、1年つじつまが合わない・・・ですが、ジェムとリラの年齢差に焦点を当てると、1865年生まれとするのが妥当となります。

ちなみに、1997年出版のAnne of Green Gables Treasury日本語翻訳版はこれ?)に掲載されている年表では、アンは1866年生まれになっているみたいです。

ともあれ、

ジェムの誕生月が6月だった場合→ ジェムは1893年生まれ、アンの出生年は1866年
ジェムの誕生月が7月だった場合 → ジェムは1892年生まれ、アンの出生年は1865年 


まあ、ともあれ、どちらの考え方でも、アンが生まれたのは1860年代半ばという計算になりますね。